婿殿 おめでとう!
わずか30才にして、新たな職場責任者になった婿殿。
ヾ(≧▽≦*)o 「ウァオ!!」「おめでとう!!」
彼は高卒でずっとフリーターをしていて、屋根屋とか、球場の売店等々、7アルバイト生活をしていたわけですが、そんな彼が家の娘と知り合って初めて僕のところへ来たのが7年くらい前になるでしょうかね。
おっとりした感じの超イケメンで、初めて顔を合わした時の自分の印象は
”大丈夫だろうか?彼は?” という物。 ...(* ̄0 ̄)ノ
以降、家の家族と一緒に行動する事が増え、やがてうちの娘との結婚を意識した頃から、
きちんとした仕事に就きたいという希望が強くなり、そこから僕の知るところを紹介したりしていた。 ヾ(•ω•`)o
「何でも良いので”まずはどこかに”入らないと駄目だよ」と常々彼には話したのですが、
ただ、一人の募集に対して、下手すると100~300人応募があるような状況ですから、採用率は極めて低く、そんなに簡単には仕事に就けない。
僕が出来たのは、受かるためのコツや、レジュメの書き方、面接手法等、知恵をできる限り付けさせた事で、ただ、そんなに甘くは無いのがこの世界。
何度受けても落ちることが続き、やっと採用になったのは、飲食施設(クラブ)のウェイター、ただし、その職場は仕事環境がやたらと厳しいことで有名。
更に最悪だったのがそれがコロナ全盛の最中。
当たり前ですが、仕事に付いたとはいえど、文化の違いや風習や慣習、考え方の違いにかなり悩まされ、何より言語の壁が大きく立ちはだかったうえに、加えて大変だったのは人間関係。╯︿╰
離職率が半端ないことで有名な職場でしたから、ただ、それ故に彼は採用された様な感じなのですが、持ち前の人間性の良さと、思いのほか頭が切れる事から、段々と頭角を発揮し始めた。
ちなみに、彼の大きな強みは、”人の言葉を素直に効くことが出来る”という点にある。
努めて3年後には、そのクラブの責任者に推薦されるほどにまでなり、
その頃から、ウェイターでは無い、もっとレベルの高い正規職を彼自身が望み挑みはじめた。
そして、挑んだ新しい職場だけど、幸運な事に採用され、それまでのウェイターからは離脱。
*僕の勝手に思うところだが、裏でスーパーバイザー同士の連絡が有ったのでは無いかとみています。
実は、 技術的な経験や裏打ちがある者を除いた、いわゆる特殊技能が無い者は、クラブや皿洗いなどの、いわゆる底辺職(語弊があるが)にまず入り、そこから語学力を始めとして、様々な事を勉強して身につけていくしかない。
ただしこれは、現実的な物として、上にステップアップして行くためには最高の環境なんです。
また、そうした経歴で上がって来た人間を、アメリカ人は好みます。
なんでもそうですが、我慢や忍耐を始めとして、努力すること、苦しむ事、辛い思いをたくさんすることは、人にとってはとても大事な事で、その経験の積み重ねが、やがて大きな徳(人間性)となって自分の上に輝く。
そうした物なんです。
かく言う自分も、一番初めは、”吹けば飛んでしまうような小さな会社”から、大会社に出向して過ごした経験があり、いわゆる体の良い小間使い&雑用係なわけで、やらしてもらえる事といえば、掃除や片付け、手伝いのみであり、楽しいことなど何一つ無かったし、やらせてももらえなかった。
意地の悪い上司もいて、かなりいじめられたりして、今となっては笑い話ですが、
その当時はかなり苦しい思いをさせられた。
ただ、だからとて腐っていても仕方ないし、そのままのポジションにずっと甘んずるつもりなど毛頭無く、それを打破するには、上の技術者の知識能力より遙かに上を行き、その違いから自然に認めてもらうしか方法がなかったんですね。 (^^)
その為に、あらゆる技術的な勉強をつみかさね、更に自分で色々と試したりやってみることで実経験も積み重ね、結果として相手より遙かに上の能力をもつことで、圧倒した。
今はどうか知りませんが、以前の日本人は単身でアメリカに渡り、皿洗いや工事現場など、底辺の仕事をしながら英語を身体で覚え、その経験とスキルを礎として少し上の仕事に就き、さらにそれを何度も繰り返していく事で、アメリカという社会での成功者になった。
初めから英語が出来るからと、例えると、TOEIC?、TOIFL?、 英検、通訳学校でどんなに出来たとしても、実際の現場(米国の現実社会)では、何の約にも立たないという事は極普通に有るわけです。
そんなのを腐るほど僕はみてきましたので。
婿殿は、”昔の日本人がたどってきた出生の道”と同じ道を歩んでいるわけで、
ボトムから上がって来た人間ほど強い者は無く、現実に彼がウェイターから正規職に移り、1年半ほどで責任者Aグレードに抜擢された。
そしてそれから約1年半で再び、今度は責任者B(Aより上)に上部の判断にて採用された。
これによって、現実的に彼の受け持つ職務グレードは範囲はかなり高くて大きな物となり、これから彼に待ち受けているのは、アメリカ合衆国に定期的に研修や勉強に行き、さらに世界にも飛ぶことになる。
まもなく兵器メンテナンスのスペシャリストとしての新たな人生を歩み始める彼だが、
舅である僕からすれば、それは大変に喜ばしいことであり、それ故に彼の幸多き人生を心から願うのです。
最後に、自分には実の息子が一人居ます。
その息子と、婿殿を比較するような事は一切有りません、又絶対にしません。
人はそれぞれに生き方があります、違いがあるとか無いとか、そういった物は僕にとって糞食らえなものでしかなく、
というのは、自分は優秀だった実の弟と、常に比較されながら育ちました。
容姿が良く、成績も良く、スポーツも抜群だった弟と常に比較され、ただただ自分は鈍くさかったのもあり、親父には罵倒され、酷い時には比較の言葉を並べ立てられながら意味不明に叱られたりもしていた。
「弟を見ろ!」とね。(^^)b うん!
他にも、某親類から長年比較されてきて(もう遙か前に亡くなりましたけど)、どれだけ否定の言葉を投げかけられてきたか・・・・本当に苦しかったです、その当時は。
絶対に顔には出しませんでしたけど。 (^^)
でもね、今となってはただただ懐かしい思い出でしかありません。
そんなものです(^^)b 生かせば良いんです、すべてを自分の生き方に。
人はそれぞれに歩み方があり、どれが良いとかどれが悪いとか言う事は無く、その人の歩む人生は、一度しか無い一生を精一杯生きている証であり、
誰かが誰かと誰かを比較して、某と物を言える物では無いんですね。 (^^)
僕はそう思うんです。
BY 翔