帆∞翼(セイル バイ ウイング) -太陽そして風と供に- 

海・南風・そして何より”真夏の太陽”が大好きな翔です。 「よろしく!」 

子供の成長と、なんとなく親の寂しさ

翔


毎日毎日、元気に学校、そして職場へ向かう子供達。
もっとも上の子はとっくに成人しているので、子供という感じではありませんが・・・

下の娘は今の高校が本当に楽しいらしくて、特にこのところは近いうちに行われる
体育祭でクラスTシャツを造る係りとか何とかで、しかもマークやら絵やら全部手作り
らしくて、いちいち手書きをしている?のか知らないけど帰宅は7時くらい。

完全に親の手を離れ、自分で考え、自分で行動し、何か失敗しても消して親のせいになどしない。

まあ、そうなって欲しくてこの子を育ててきたわけだけど、現実それがやってくると
親というのは寂しいものなのだとつくづく感じます。

心配して下手に僕が口を出すと叱られてしまうことが増えた、同時になんとなく寂しい

 (^^;)えへへ

一方、上の子も同様に社会の一員として働き始め、やはり毎日が楽しいらしく、
先輩とどこ行ったとか、アメリカ人の同僚と何したとか・・・

ただこちらは、だんだんと表に見えない社会の厳しさや、人種、文化の違いなどを深く
知る事から”それなりの難しさ”というものも肌で感じているらしく、娘ほど陽気な
毎日とはいかないようです。

二人とも幼い頃からきちんと叱るべき時は叱って育て(当然に体罰有り)、
特に上の子は親も体験したことがない厳しい環境で一年を過ごした経験から、苦しい事、
思うようにいかないこと、腹の立つこと等の、いわゆる生きて行くにもっとも難しい
問題と戦って耐え切り開いていく能力は十分に備わっています。

もし、これが褒めて育てたりしていたら・・・

そう考えると、恐ろしくてなりません。

なにしろ、褒められて育った子は常に人からの評価がその行動の中心にあり。
それが得られないと思ったとたん何もしようとしない、という最大の欠点(特徴)
を持つ上に、基本的に自発行動を起こそうとはしません。

*ただし指示を受けての行動は評価(褒めてくれることを期待して)されることが
容易に分かりますので、かなり良くやります。

いうなれば評価が得られない事に価値を見いだせない、その理由は自分の力と能力を
向上させる事や研ぎ澄ます事、いうなれば内面を磨くことに喜びを見いだせない人間
となるからです。

明らかに目に見えないものである、内面を磨くことは常に苦しさとの戦いであって、
ましてや誰も褒めて等くれないし評価もない・・・

人の成長は常に表れない事の積み重ねの上に、初めて結果が有るからで。
人からの評価で喜びを得て行動するか、自分自身を磨く無形のものに喜び感じて
行動するか?

という違いなのですね。


これは僕の教育研究から導きだされた結論です。

親は怖くて優しく、同時に子供の目の前にそそり立つ大きな断崖で無くてはならず、

厳しさがきちんと有る中で育つことが自分を磨く能力の基礎を育て、やがて本能によって
発動される反抗期にそれまで備わった基礎を応用して親を超えようとすることが、
その子自身を人間的に大きく成長させるわけです。

評価(褒められる)を中心に育った子が反抗期頃から戸惑いを生じ、引きこもり、不登校
となるのは、超えるべき姿として存在しない物わかりの良い親、そして自分自身を磨くことに喜びを見いだす訓練(教育)を受けていないから来るものなのだと・・・・
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