帆∞翼(セイル バイ ウイング) -太陽そして風と供に- 

海・南風・そして何より”真夏の太陽”が大好きな翔です。 「よろしく!」 

イヤイヤ期はどこへ消えた?

翔

現在 2歳とヶ月の孫。


今年の春頃から、イヤイヤ期が明確に現れて来て、まあ、それはごく普通の事なのですが、ところが、夏を境にして、泣きわめく、地団駄踏む、意味不明に怒るというこの時期の独特の行動が殆ど無くなった。


その理由の一つとして、言葉の発達が有り、夏前は何を要求しているのか?何を望んでいるのか?という事が、余り良く判らなかった事から、 その時その時で対処療法的に応対をやっていて、その時が一番イヤイヤが酷かったな~とは思う。


けど、それがここに来て、明確に自分の意思を口で明確に伝える事が出来るようになるに連れて、イヤイヤ行動が消失した。


自分の意思を明確に伝える事が出来るようになると、こちらも楽で、必要な選択肢を提示し、自分で選ばせる(判断させる)事が出来るので、孫自体も別段騒ぐ必要、も喚く必要も無いわけだ。


最も、選択不可能な場合もあるが、それはどうにもならない事。


例えると、”車のシートベルトをするとかしない?”とかいった物で、これは選択肢が無いため、どうしても強制になる。


9月末のキャンピングカーの旅行の歳に、前のシート(僕の真横)にどうしても座りたい孫に、シートベルトをさせると、それを嫌がってベルトから抜け出てしまう。 


ネバなら無い物故に、言葉でそれを伝えると、自分の中で葛藤している。


自分の中で、すべき物と判っていても、やりたくないわけで、それが出来ないのであれば、当然後ろの席に行かねばならない。


様子を観ていると、感情的に騒ぐことは無いが、 自分の中でどうすべきか?で悶々としているのがすぐに判り、2歳数ヶ月でも、そうしたことが出来るんだ・・・・・と感心する。


自分の息子や娘の時は、それできてたっけ???と思うけど、わすれたな~ (^^;)


結果として、シートベルトを最後まで拒絶すると、当然後ろに連れて行かれてしまうし、シートベルトをきちんとすると、座っていられる。


極当たり前のことではあるけど、シートベルトに何の意味があり、何のためにと言う理解まではまだ不可能。   理由を説明したり、言い聞かせるという事は無理なわけだ。


故に、これを判らせることはまず出来ないので、後はする?しない?だけでしかない。


ベルト着用に関して判断させるという事、それそのものは簡単なので、可能なわけで、 嫌な事も、自分で”是”といえば、それ以上こちらを困らせることがまず無いし、”非”であれば、孫にとっての希望は通らない。


それで泣けば、ダイレクトに叱られるという、極めて現実的な事実がやってくる。


で、夏前からの、自分の行動に関しての親の態度というのは一貫していて、

考えない結論に、同じ結末がやってくるという事は、孫にも解っている。


その繰り返しの結果として、また、孫なりに積み重ねた経験として、イヤイヤ期の特徴とも言える、行動をはじめるのか?というと、そうでもなくで、我慢強く耐えている場面が増えて、まあそれも成長なのだと思うけど、


爺としては、普通に地団駄踏んだ方が、明確で良いかな~何て思うこともある。


時々、そうした理性的な判断を失って、簡単なことで婆やに叱られてはいるが、その姿はやはりまだ2歳4ヶ月だ。


今月の終わりには、病院から赤ちゃん連れて母親が戻ってくるけど、 一体どんな反応をするのか? なんとなく楽しみである。

×

非ログインユーザーとして返信する