帆∞翼(セイル バイ ウイング) -太陽そして風と供に- 

海・南風・そして何より”真夏の太陽”が大好きな翔です。 「よろしく!」 

多いのが

翔

非行の場合と異なり、引きこもりで多いのが。
子供の今の状態を社会が認めろという論調です。
働きもせず、生産もしない彼らを認めろというのです。
認めるとは、政府がその子達の為に、汗水流して働いて納めた税金を与えて、生きていけるようになる事でしょうか?
それとも、何もしなくて働くことも出来ない子を企業がやとい、いるだけで給料を払えという事でしょうか?
何か間違ってないですか?
非行の場合は、わりと反社会的な行動が多い為に、親は子供を立直らせようとして、積極的に動きます。
しかし引きこもりの場合、行動が”静”のため、親全体に危機感が薄く、そのために、親が社会に対して”引きこもりを認めろ”と言わんばかりの行動を取る事が多々あるのです。
学校が悪い、社会が悪いと、引きこもりの原因を外部に求め、自分たち親は自らを振り返ろうとしない傾向もです。
中には、引きこもりは今普通に過ごしている側の人間より、進歩した人間なのだという考えをもつ、不思議な団体までいます。
自分たちは涙と汗を流して傷つことを恐れ、人権だ体罰反対だを、隠れ蓑にしながら、どうじにそれを理由として子供と向き合おうとしない。
これが非常に多いです。
引きこもりと言いますが、この子達の全員に、何一つ問題があるわけではなく、適度な訓練と集団生活をいとなむ事で、容易に立直る事が出来ます。
親の、その態度そのものが引きこもりの原因である事を認識せず、また認めようとしない、そしてあくまでも回りに理解しろと求める。
親自身が引きこもりの原因を作っている事を分かっていないのです。

この日本には、引きこもりの親の心理に漬け込む、くだらない人間がうじゃうじゃといます。
親は藁にもすがる思いですから、とにかく何とかしようとします。
私の実の弟と、私の親の姿を見てきた私には、そういう人間の姿もうんざりするほど見てきているのです。
引きこもりの子供で苦しんでいるなら、自分は子供にその方法を取らないにしても、それで引きこもりを脱する子もたくさんいるわけです。
そうした一つの手段としての長田塾を、引きこもり子を持つ親の側が閉ざす事は、自分で自分の首をしめる行為だと私は思うのですが、皆さんはどうお考えになりますでしょうか?

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