アスペルガー
私の同僚でもあり、仲の良い友人でもあった彼が、今年の10月に亡くなった。
帰宅途中の横断歩道で倒れ、CPR等を施されながら救急搬送されたのは、今から約2年前。
仕事が終わるすこし前に、彼から電話をもらって、馬鹿話をしながら「又ね!」と言って切ってから30分後の出来事。
年齢的に、命を終えるには余りにも早く、原因は彼のお父さんが亡くなったのとほぼ同じ心臓疾患。
心停止から、救急車で病院に運ばれたが、その時点で、医師から延命をするかどうかの選択を迫られたのが、連絡で駆けつけた組織上部の代表。
当然に答えられる(判断できる)はずも無く、病院としてはそのまま措置に入った訳だが、普段は身内のことを殆ど話さず、その連絡先も誰も聞いていなかった事から、彼の2人の姉に連絡が行くまで、かなりの時間を消費してしまった。
病院で延命か看取るかの判断を迫ったのは、すでに大脳の大半の機能が失われ、脳幹だけで命を保つ(しかもどの位生きられるかが判らない)、いわゆる植物人間という状態になっていたからだ。
母親も既に他界していたので、2人の姉がその後を引き継いて専門のリハビリ病院に移され、それからはずっと起きることも話すこともできなかった。
人の身体というのは、使わないところから機能低下していくもので、彼の場合はやはりその道を辿り、最後は点滴による栄養補給になっていき、
腎臓などの機能が低下してくると、身体に水がたまって、最後は腎不全等になる。
余談だが、僕の親父は、最後は点滴の栄養補給も出来ないほど浮腫みながら、同じような過程を辿って亡くなったわけだけど、彼の場合は家の親父と違ってまだ若かったので、これまでの2年という歳月を生きて来れたわけです。
亡くなったという連絡を受けたとき、都合が付かなくて葬儀には行けなかった僕ですが、参列した他の同僚の話では、見分けが付かないほどの浮腫で、顔も身体も膨れ上がった姿であったらしい。
この二年間、彼は完全に無反応だったのか?というと、そうではなくて、家族(2人のお姉さん)の語りかけなり、知り合いの言葉には僅かながら反応があったらしく、その話をきいて、そうんだ・・・・
と思う半面、耳を塞ぎたくもなった。
ベッドに寝たままで、寝返りも打てず、何かすることも出来ず、どんな思いで時を過ごしていた乗ろうかと思うと、心が張り裂けそうになる。
心臓が止った瞬間、彼はそうした苦しみから解放されたわけだが、それが彼にとって幸せなことだったのか、そうではなかったのか?を知る由はない。
彼との付き合いは、大体23年ほどで、僕みたいな衛星ステーション的環境に居るのとは違い、彼は本部勤務であり、又その場所に固執した。
こっちに来れば、色々な意味で楽なのだけど、それをしなかったわけだ、
性格的には穏やかで円満だけど、他にあった最大の特徴はアスペルガー。
故に自分の固執する物には徹底してこだわるが、そこから少しでも範囲が変ると全く興味を示さない
小型の無線機では、その道の者達の世界では実に有名で、修理などに掛ける情熱や知識は確かに素晴らしい物が有り、 僕もそうした面では彼に秀でる物は何ら無かった。
惜しかったのは、彼がアスペルガーである事で、同じ無線機でも、彼の夢中になる範囲をほんのわずかでも外れると、とたんに能力が低下する。
アスペルガー特有の拘りと集中力は、そうした際に、知識の中でひたすら同じ事を繰り返して原因を探るため、いつまでたっても修理が終わらない。
膨大な知識が有る半面、少しでも範囲を外れると、全くの素人と同じで役に立たなかった訳だ。
ただ、彼の良いところは素直に僕に考えを聞いてくる事で、その時は助け船を出し、必要に応じて僕の方で対策なりなんなりを施し、時として彼の居ないときに問題のある部分を直したりもした。
プライドがやたらと高く、相手の能力が自分と同等、もしくはそれ以上だと普通に話が出来るわけだが、一度自分より下とみなすと、言葉尻も話し方も相当にキツくなる。
故に、後輩に当る者達からの評判はすこぶるよくない。
ただ、直接に接することが無く、彼のことをよく知らない者達にとっては、”凄い人だ!”という評価で、しかしながら一緒に仕事をした人達の評価というと、ほぼ全員揃って良い物では無い。
アスペルガー特有の 空気を旨く読めない欠点は、相手を激怒させることになり、
それにより、どんなに彼を賞賛していた人も、一度でも彼と一緒に仕事をすると、以降は余り話もしなくなり、避けるようにもなる。
それを彼自身も気づかないまま繰り返していた。
僕が、そうした彼の持つアスペルガーという障害に気がついたのは、かなり前の事で、
それまでは、普通の人と思って接していたのですが、ぶち切れたくなる様な事をされたことが何度かあって、まあ、簡単にいうと、自分にとって利益のある物は喜んで頂きます!するわけだが、何かしているときに、彼に補助を頼んだり応援を頼むと、肘鉄を食らわすようにして、しかも逃げる。
こちらから彼を助けることの方が多く、しかしながら、自分の気分とその時の余力があるかないかで対応が常に変り、彼にはそれが織りなす結果の意味がわかってないわけだ。
初めは仲が良くても、次々と自分から冷たくなって皆が離れていく事が、何を起因としているかが彼には解らないわけで、 それが不安を呼ぶ事から、賞賛だ、表彰だという物にやたらと固執する姿となり、 自分のする事が”そうした結果”にならない物はやらない。
皆でやらねばならないのにも関わらず、やらないんです。
ある装置の、大々的なメンテナンスが必要となり、それにはそれなりの知識と能力が必要なわけですが、その時は、僕と彼ともう一人Uさんの3人でそれをこなした訳ですが、
僕やUさんが特に何した訳でもありません(通常業務ですから)から、事後に黙っていても(普通通り)、彼が本部に帰ると、話が全く変ってしまい。
”自分が指導して知識を授け、そして2人を使ってやり切ったんだと、上司に嬉しそうに報告する。”
そういった話は、少なからずこちらに流れてくるわけで、すでに彼がアスペルガーである事を知っていた僕は、極普通に、「いいじゃないですか!?」と 整備に参加してくれたもう1人の技術者Uさんに笑顔で話したけど、 それまで何度も立腹することを繰り返されていたUさんはかなりの不機嫌。
実際は、僕の得意分野である制御に関する知識と、Uさんの品質管理の統合でやったわけで、アスペルガーの彼は自分の得意分野をはずれているので何も出来ず、ただの手伝いとして、ワイヤーブラシで端子を磨いていただけ。
Uさんの姿を見ていた僕ですが、余りにも憤懣やり方ないという感じなので、
仕方なく、 彼がアスペルガーで有るという事を告げた。
Uさんは”それ何?”という感じだったので、 アスペルガーの持つ、普通の人との違いを詳細に説明。
すると、これまでの全てが一気に精算されたらしくて、”あ~なるほど・・・・”という事で怒りの矛先が収まった。
人は生まれながらに平等では亡く、全く違った能力を持って生まれてくる。
今みたいに、アスペルガーを初めとする発達障害や、境界知能が普通に有り、またそうした人達が普通にいるのだという事は、今日の日本教育からは想定されていない物。
幼き頃より、小学校、中学校、そしてその上に至るまで、人は皆平等と何度も教えられ、それが当たり前として成長して来て世の中にでる。
ところが、人は生まれながらにそれぞれの特徴を持ち、身体的な差を始めとして、頭脳面の能力も違うし、性格も違う。
気質の差というのもあり、しかしながら、そうした物は有ってはならないと否定して育てられた事で、そうした差が生み出す物を理解すること無く社会に出る。
自分の友人である彼も、 彼自身がアスペルガーである事を周りが理解していれば、
例え波風が立ってもさほどの物では無いが、そうであることを知らない場合は、
普通の人間?として、普通の感覚で接してしまうので、その差異が不快となり、結果として彼に跳ね返ってしまう。
彼が亡くなるだいぶ前から、彼に接して怒り心頭になっている人には、彼の特質をそのまま伝える事をしていた僕だが、それにより怒りを買うことはかなり減っていた。
「人は皆平等!!」と教えられてくるが、これはあくまで”可能性”おいて万民が平等であり、一人一人の差異により、その可能性が阻害されてはならないという事。
また、単にそれだけのことでしか無い。
彼と僕は、長い付き合いである事もあって、彼とは本当に仲が良かった。
アスペルガーの特長を理解していることが大きな手助けになった事も有るが、
専門分野がある程度被りはしたけど、それ以外で彼が苦手な事は、彼自身が素直でいてくれたので、今となっては良き思い出である。
一緒に何かをやっても、 他人に対しては”自分が音頭取ってやった”くらいの事を、僕の前で平然と言っても、”ま~たやってら~!”くらいの感覚でニコニコして見ていられたのは、
彼のもつアスペルガーを理解していたからで、そんな彼ももうこの世にはいないわけです。
でもね、出来るならまた電話で馬鹿話をしたいなと・・・・
本当に思うんです。
人の一生は本当に短く、あっという間に月日は流れていく。
いつの日か僕も彼の後を追うようにして、この世を去るわけだが、それが病死なのか、事故なのか、寿命をまっとうした老衰なのかは判らない。
ただ、天国で再びあえたらとは思う。
彼が亡くなり、もう二月が過ぎようとしている、そして明日は昨年亡くなった親父の命日。
命ある限り、満足して旅立てる人生を送りたいと思う。
By 翔